アラフォー母の日々と子育て

関東で暮らし、働くアラフォーです。息子と読んだ本、日々のことを綴ります。

【読書】アンジュと頭獅王/吉田修一

 

 

タイトル:アンジュと頭獅王

作者:吉田修一

装画:ヒグチユウコ

小学館

 

あの「安寿と厨子王」が令和の新宿に現れる!

子どものときに、童話「安寿と厨子王」を読んだきりだったのですが、

最近NHKラジオ「ENJOY SIMPLE ENGLISH」で森鴎外山椒大夫」の英語版をリスニング。

なんとなく童話をなつかしく思ったところに、こういう本が出ていると知り、読んでみた。

 

本書の最後には、このように書いてあった。

「本書は、「説経集」と「説経節 山椒大夫小栗判官他」を底本とし、口語調でオリジナルストーリーを加筆した書き下ろし小説です。」(抜粋)

つまり、原作は森鴎外山椒大夫ではなく、説経節の方なのね。説経節、知らないけれど。。

 

どこかのサイトでは「山椒大夫の現代版」とも書かれていたが、それは不正確だ。

この本は口語調ではあるものの、古文のような文体の口語調であるし(「のう、~殿」とか「あらいたわしや」とか)、あくまでも舞台は大昔。

金で人を売り買いしたり、子どもを奴隷のように扱い虐待することがまかり通った時代のお話だ。

オリジナルストーリーは含まれているものの、ストーリーの大きな筋は、私の知っている「山椒大夫」と変わらない。

山椒大夫と三郎は変わらず人でなしだし、アンジュは悲劇的な運命をたどる。

頭獅王が山椒大夫と三郎に下す報復方法も同じだった。

 

ただ、死んだはずのアンジュが令和の新宿に現れたのはなぜだったのだろう。

私はこういうの、舞台のカーテンコールみたいで好きだけど(笑)。

思うに、アンジュの無念の魂が何百年何千年と時を超えて彷徨い、頭獅王の前に現れたのか。

それとも、山椒大夫が何百年何千年と同じような悪行を繰り返し、「アンジュ」というのは山椒大夫に虐げられる女の子の抽象的概念と化したのか。

山椒大夫が、アンジュを殺したあとに買った女児を新宿の遊郭に売ったことを白状していたので、新宿で頭獅王の前に現れたアンジュは、その女の子のような気もする。

アンジュの生まれ変わりということ?生まれ変わっても山椒大夫に虐げられるなんてかわいそうで考えたくないけど。

よくわからないけど、ファンタジーだからまあいっか。

 

 

安寿と厨子王(あるいは山椒大夫)って、もともと人身売買、子どもの強制労働と虐待、「目には目を」の報復の物語だけど、昔の作り話だと分かっていても、理不尽すぎる運命に悲しくなる。

だって頭獅王は、父が失脚させられ、人身売買により母と引き離され、姉は虐待の末に殺された少年なんですよ。

その物語のラストが「お母さんに会えた!」だけじゃ弱いような、そんな気になるよね。

AppleGoogleの株をたくさん持っているお金持ちの養子になれたとしても、その前の壮絶な出来事を考えると、「めでたし」とまではいかない、プラスマイナス0でもなく、マイナスのままではないかしら。

 

この物語にも、長い年月語り継がれるだけの良いところや教訓があるのかな。

もともとが、女性や子どもの権利なんてない時代のお話だから、これが「健気な姉弟愛、母性愛のものがたり」として語り継がれたのだろうか。

 

いつか息子に、童話安寿と厨子王を読んであげたいと思う。

どんな感想を抱くだろうか?

 

安寿と厨子王 (京の絵本)

安寿と厨子王 (京の絵本)

  • 作者:森 忠明
  • 「京の絵本」刊行委員会
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